痰壺日記2

大学を三留し勿論NNTで卒業。その後実家暮らしのニートとなり、ブラック居酒屋で2年間バイトした末我慢の限界でバックレ。再びニートとなったのち再び働き出した男の日記。

2015年07月

前日の夕方に制服をクリーニングから受け取って、今日さっき郵便局で郵送を頼んだ。

明日の昼には届いてるだろう。

クリーニングと郵送で3千円。

果たしてあんな所にここまでする必要があっただろうか。

あのバイト先に居た2年間で、5人6人くらいバックレたのを見てきた。大抵1か月足らずで来なくなったが、中には5年勤めて最後は私のように不満を愚痴って別れを告げてバックレた人も居た。

ただ制服を返すなら兎も角、そのまま返さずどっか行った人も少なくない。

社員はそれを知らんふり。どうせ制服は沢山あるし、どうでも良いのかもしれない。

私もわざわざ金払って郵送せずとも朝一で店に行って置きに行けば良かったんだろうけれど、もうあそこには行きたくない。

1秒たりとも。

極たまに社員が居たりするので、下手に行って捕まったら何されるか分かったもんじゃない。

もう、臆病すぎる。



…まぁ、いいや。

あとは10日に給料が振り込まれるのを待つだけだ。

しかしあの会社のことだからホントに給料くれるかは怪しい。

2、3万程度なら、もう諦めても良いけれど、今月もこき使われまくったから10万以上になるはず。

もし振り込まれてなかったら…



面倒くさいな。







携帯をバックレた日から今日に至るまで電源を入れてない。点ける勇気が無い。

でも大丈夫。掛けてくる人はいないから。友人はおろか知り合いと呼べる人すら居ないのだから。

ネット用のスマホと待ち受けのガラケーの2台持ち。

ガラケーはもはや、電話番号を持つためだけにあるようなもんだ。




はぁ。

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バックレかまして自宅に戻ってからは、毎日何もすることなく、ただ酒を煽ってネット見て寝るだけの日々が続いている。

今日も昼から安酒をかっくらってブログを更新している。



あの奴隷の日々から解放されたはずなのに、開放感は無く、むしろより閉塞感が増しているように感じる。

よっぽどショックが大きかったのかもしれない。



はぁ…

就活を、努力を怠った者に対する天罰としてはどうなんだろ?妥当なところかな?

ポジティブに考えれば30過ぎまでだらだら続けられるように世仕向けられるよりかはマシとも考えられるかな。

マシと言われても、

賞味期限7日過ぎた生卵食うのと半月過ぎたのを食う程度の違いみたいなもんだけれど。


夏。

子供たちは夏休み。私も夏休み。

子供の頃は解放感とわくわくする感じがあったのに、今は失望感しかない。

気晴らしに何処かへ行こうか。それともゲームでもしようか。

そう考えて考えてだらだらするうちに何もせず1日が終わるのが今の私。

こうしてぐだぐだと駄文を全世界に晒すのみ。



もはや何を楽しみにしていいのかすら分からない。



はぁ。








ブログのアクセスが今までに無いくらいに急増していた。

バックレの日記が相当反響を呼んだようだ。



さらに大手ブロガーである薬師寺天膳さんにこのブログ紹介していただいたようで、えらい流入数に。

私はツイッターも何もしていないのでこの場でお礼申し上げます。

勝手ながらリンクを張らせていただきました。

何かちょっとしたブラックバイト体験記みたいになってるな。

続き。



バックレを決意した私は、7月終わりに実行するつもりで、バックレの手法をネットで調べた。

実際にバックレた人の体験記を見ているうちに気分が高揚、今すぐあのバイトから解放されたい気持ちが強くなり、次の朝に決行することにした。

車に着替え、クリーニングに出すための制服、その他必要な物資を積んで親にはちょっと遠出をすると伝え出発した。

まずはバイト先に向かった。朝の出勤時間は社員は居らず、パートのおばさん連中がシフト入りの準備をしていた。

私のシフト入りが昼なのにも関わらず、朝一でやってきたので疑問の眼差しを向けられた。それに構わず、淡々と用意を進めた。

私物の回収、タイムカードの写真撮影、置手紙…

一通り用意を終えたら、最後におばちゃん達に別れの挨拶を告げた。

突然の別れを告げられたため、どうしたの急に!?と返される。

実は、正社員を辞退しまして…

ここから皮切りに、ダムが決壊したかのように今までの不満をぶちまけた私。

口下手の私が、信じられないくらいのマシンガントークを10分間に渡って続けていた。内容はこのブログに書いてある通り。会社や社員に対して暴言を交えながら。

おばちゃん達は時折、私の不満の内容に驚きながら、うんうんと愚痴を聞いてくれた。

まだまだ愚痴り足りないが流石にシフト入り時間になってまで話すのはまずいと、途中で切り上げた。

その後、それだったらバックレるのも無理ないわ、と言って励ましの言葉を私に掛けてくれた。

私は愚痴を聞いてくれた事、そして今までお世話になったお礼を言って店を後にした。



良い人達だった。



…なんてね。正直彼女達のことも信じられない私が居る。

以前私と同じように愚痴を吐いてバックレをした人がいたが、その時も同じおばちゃん連中が話を聞いてくれていたが、その後社員が来てからその人に対して社員と一緒に非難をしていた。手のひら返しというやつか。

私のぶちまけた不満もおそらく歪曲されている事だろう。一方的に私が悪いことになっているかもしれない。

まぁ、この辺はどうでも良い。こちらは多少吐き出してスッキリしたし、もう二度と会う事も無いのだから。



店を後にして、次はクリーニング店に向かた。制服のクリーニングで2千円した。

あの糞バイト先に2千円か…。良い気分はしなかったが一刻も早くバイトの事は片付けておきたい。



クリーニングを出し終えたら、携帯の電源を切り自宅とは別方向へハンドルを切った。

ここからバックレの旅路が始まった。

とにかくバイト先から離れたくて仕方なかったのでひたすらに車を走らせ続けた。

道中、道を間違えてその焦りで標識に気付かず一時不停止で不運にもサイレンを慣らされ白黒のセダンに乗せられるというハプニングもあったが、半日かけて県外へ。切符切られたの初めてだ…。

時計を見て私のシフト入り時刻が過ぎたのを確認して、バックレを実感。

出発直前の高揚はすっかり消え、疲れがどっと出てきて早いところ温泉にでも浸かりたい気分だった。



…。



まぁこんな感じかな。あとは一通りぶらぶら観光と温泉巡りで終わり。これ以上書いても仕方ない。

あんまりバックレの解放感とか爽快感は無かったかな。

何かもう悔しさで一杯だった。

何であんなところに2年も勤めたのか。何であんなに舐められても黙って従っていたのか。

一番の大馬鹿野郎はこの私で間違いない。






…働くのが怖くなってきた。



少なくとも今後は二度と飲食で働くのはよそうと思った。

今はとにかく気持ちを切り替えるため休養を取る事にする。



はぁ。



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昨日バックレ旅から帰ってきてそのまま酒飲んで寝て起きたら14時間くらい寝てた。

まぁ、バックレ当日は気分が高揚して完徹して車を走らせその日は車中泊するも暑さで殆ど寝られなかったからそりゃそうだわな。

一通り落ち着いたのでバックレるまでのテキトーな経緯でも書いていきます。

特定を避けるため一部嘘などを交えております。



私はとある会社の居酒屋でアルバイトをしていた。個人経営では無く、いわゆる外食チェーン店であった。外食チェーンといえば労働環境としてはブラックの代表格であり、私が勤めていた所もその例に漏れない環境であった。

社員は週6、毎日12時間以上働かされていた。よくもまぁこんな環境で続けられるもんだと思う一方、こちらはアルバイト、まさか無茶な要求は来ないだろうと安心しきっていた。

それが2年前の話であった。

しかし、その年の暮れ私に大事な担当箇所を任された。その箇所は以前は料理長だけが担当していて、他のバイトの子はおろか、他の社員ですらも出来ない所であった。そのため料理長が休みの日はその箇所のメニューは頼むことが出来ないようにしていた、

最初は冗談だと思った。社員の話ぶりも冗談めかしていたし、それは無いだろうと思っていた。

だが最初の年明けで私専用の調理道具を購入しており、ノーと断る事も出来ず、本当に任されることになった。



思えば、この時から私は会社に対する不信感を抱き始めていたのだろう。



普段は社員である料理長が営業担当して、料理長が休みのときは私が営業に出ることで毎日メニュー提供をすることが出来るようになった。

それからというもの、私に任される担当箇所が増えに増え、最終的には店の料理メニューの2割を受け持つまでに至った。

これだけ増えるものだから料理長が休みの日の営業中は、オーダーをこなす作業に追われるも私以外に誰ひとり出来るものが居ないため私だけ休憩に行けない状態が続いた。

また料理長は会社のお偉いさんであり多忙でもあったため、急遽社長や他の店舗に呼び出されることも多く、その時は私に任されるようにシフト変更がなされた。

シフト変更と言えばバイトなら良くある事で、他のバイトの人が病気や急用などで出られなくなって代わりとして呼び出されることがたまにはあるだろう。

しかし私の場合はそのシフト変更が週1、2回のペースで行われ、さらにはその告知も前日ならまだいい方でシフト入り途中が普通、さらにはシフト上り直前にされることもあった。



こうしたことが度々行われたことで私の会社の不信感は日増しに強くなっていった。

会社に舐められている、都合の良い様にこき使われているのではないか、そういった不信感が心に不満や苛立ちとなって現れ出した。このブログで散々愚痴った通りである。

それでも所詮アルバイトだからと、何とか割り切って続けられていた。



しかし、ある出来事で私の不信感は決定的なものとなった。



今年の春に私に社員にならないかと持ち掛けてきた。以前からその話はあったが、今回は業務内容をかなり具体的に話してくれた。

それがこの日記に書いた通り。

正社員になるか悩む : 痰壺日記2

↑の日記をこんな事を書いてあってちょっと笑ってしまった。

実は上の業務内容うんぬんの話は嘘ではないかという事。

料理長からのオファーではあるが、一応社内でも社長の側近レベルに偉い人なので、信ぴょう性は高いはず。
この時点で会社をかなり疑っていることが分かる。

その条件ならばと、上司になるであろう経理担当の人と話してOKを出した。

そして7月の半ばに突如として配属先が伝えられた。私は店舗の厨房の責任者として配属されることとなった。

結局あの話は真っ赤な嘘であった。まんまと私は嵌められたのである。

しかしこれを言われた当初はあまり気にも留めていなかった。ただ、社員になってこれからが不安だとしか感じていなかった。

しかし不安は日に連れて急激に増大し、不眠や仕事に集中できないまでになっていた。

この不安の正体は何か、考えに考えて出したのが…



会社への不信感



この言葉を初めて意識した。私の中ですごくしっくりときた。

私を騙してまでこき使うような会社に、私が尽力しても良いのだろうか。

これが抑えきれない不安の正体であった。

正体を知った以上、会社への不信感をぬぐわなければならない。

料理長に私の今後の配属先や展開を聞こうとした。

だが聞いたところで、今更会社のいう事を信じることが出来るわけが無い。何を信じればいいのだ。

もはや私の抱える不信感は、何年も蓄積された水垢のように頑固なものになっていた。

その日の営業中に、不安と対峙しながら、こなせないくらい大量の私の担当箇所のオーダーを見て



ぽっきーーーーーーん



心が折れてしまった。我慢の限界がここで来てしまった。

仕事にすっかりやる気を無くしながらも、動きが鈍くなった身体を引き擦り何とかシフト上りまでやり遂げた。

その後料理長に社員辞退とバイトを辞める旨を伝えた。

予想通り、非難の嵐、説教と言う名の人格否定。

ご高説を垂れている所悪いけれど、法をろくすっぽ守れてないような企業、法を積極的に破る人間が何を言っているのだ。人を騙すような会社が、何を偉そうに抜かしているのだ。

悪魔どもが。

もうあまりにも馬鹿馬鹿しくて相手にする気も起きない。早くこの場を終わらせたくて適当に聞き流した。

バイトを辞めると言った際に向こうは、10月~11月まで居ろと言われた。曖昧な条件でずるずると長居させる魂胆なのだろう。

その間に人を教育するつもりだと言うが、なぜその前に出来る人を育てなかったのだろう。

そんな曖昧な条件では飲めません、せめてはっきりと時期を決めてくださいと言ったら

これ以上は譲れん、でなければ給料払わないとの事。何を言っているんだこいつは。

いよいよ話すのも面倒になってきたのでさっさと話を終わらせた。



もうこのバイトをやる気は無い。これからは社員から完全にハブにされるだろう。それならまだしも、下手をすればいじめにも発展しかねない。

それに正社員を蹴ってのうのうとバイトを続けられるだけのメンタルは私には無い。

となればやる事はただ一つ。





もう、バックレるしかない。






つづく。



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今日、というか昨日か。

もう朝の店の鍵が開いてパートの人だけの時に社員辞退とバイト辞める置き手紙残して、今日もシフトがあったがそのまま車を走らせて

いまどっか別の県にいる。

とりあえず温泉入ってingressで街中さまよって今車中でスマホから更新。

明日も一通り気まま旅を堪能して、後日改めてバックレの事を書くつもり。

取り敢えず寝ます。

今日は車中泊。

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